大阪地方裁判所 平成元年(行ウ)73号 判決 1990年5月29日
大阪市生野区新今里五丁目一六番一四号
原告
池田拓治
大阪市生野区勝山北五丁目二二番一四号
被告
生野税務署長
上田雄彦
右指定代理人
田中慎治
同
堀秀行
同
藤本幸造
同
堀川明弘
主文
一 原告の本件訴えのうち、修正申告の無効確認を求める訴えを却下する。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 昭和六三年一〇月二九日付で生野税務署が受付けた原告の昭和六〇年度分所得税の修正申告は無効であることを確認する。
2 被告が平成元年三月二〇日付でした、原告の昭和六三年一二月二六日付異議申立に対する異議決定は無効であることを確認する。
3 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 被告
(本案前の申立て)
1 原告の1の請求にかかる訴えを却下する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
(本案に対する申立て)
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 生野税務署署員参田勲(以下「参田」という。)は、原告の昭和六〇年分ないし同六二年分の所得税について税務調査をし、原告の昭和六〇年分及び同六一年分の所得税の確定申告につき修正申告のしようようをした。
2 原告は、参田の前記しようように対し一部の修正を認めたところ、参田は、自ら修正申告書を作成した。しかし、その内容が原告の次女の専従者給与を認めないものであつたため、原告は右部分を訂正した修正申告書を提出するつもりであつた。ところが参田は、昭和六三年一〇月二九日、修正申告書収受のため、原告方に赴いたところ、原告が不在であつたため、事情を知らない原告の妻にあらかじめ作成してあつた右修正申告書に署名、捺印させて、これを収受して、生野税務署に戻り、受付印を押した右修正申告書の控えを原告方に届けた。
3 原告は、昭和六三年一二月二六日付で、原告の昭和六〇年分の所得税の修正申告について、被告宛の「詳細について一部口頭陳述をします」との記載のある異議申立書を提出したところ、被告は、平成元年三月二〇日付で、原告の異議申立てを却下する旨の異議決定をした。
4 右異議決定に際し、原告には口頭での意見陳述の機会が与えられなかつた。
5 よつて、原告の意思にもとづかない前記修正申告は違法であるから、右修正申告の無効の確認を求めるとともに、口頭による意見陳述の機会を与えずになされた異議決定は違法であるから、右異議決定の無効の確認を求める。
二 被告の本案前の主張
(修正申告の無効確認を求める訴えについて)
無効確認の訴えの対象は行政庁の処分もしくは裁決の存否又はその効力の有無の確認でなければならないところ、修正申告は、公法関係における行為ではあるが、私人の行為にすぎず、行政庁の処分ではない。
また、修正申告の無効確認を求める訴えは、法律関係の存否ではなく、法律関係発生の要件をなす前提事実にとどまるものについて無効の確認を求めるものである。
このように私人の行為は無効確認の訴えの対象とならないし、無効確認の訴えは特段の定めのない限り、一定の権利又は法律関係の存否の確定のためにのみ提起することが許されるものである。法律関係発生の要件をなす前提事実にとどまるものについての無効の確認を求める訴えは許されない。
三 請求原因に対する被告の認否及び主張
(認否)
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実中、参田の作成した修正申告書の内容が原告の次女の専従者給与を認めないものであつたこと、昭和六三年一〇月二九日、参田が修正申告書収受のため原告方に赴き、原告の不在中に原告の妻が署名、捺印した修正申告書を収受し、生野税務署に戻り、受付印を押した右修正申告書の控えを原告方に届けたことは認めるが、その余は否認する。
3 同3の事実は認める。
4 同4は争う。
(主張)
異議申立てにおける口頭意見陳述の機会の付与は、あくまでも実質審理に関するものである。原告のなした異議申立ては、修正申告に係るものであるところ、修正申告は前記のとおり私人の行為にすぎず、国税通則法七五条一項に規定するいずれの処分にも該当しないものであつて、右異議申立ては不適法である。不適法な異議申立ては、実質審理を経ずに却下できるのであるから、本件のような不適法な異議申立てを却下すべき場合には口頭意見陳述の機会を付与する実益もないし、また、法の予定するところではない。したがつて、原告の右異議申立てについて、原告の口頭意見陳述の機会を付与せずに却下決定したとしても適法である。
第三証拠
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第一原告の修正申告の無効確認請求について
所得税の修正申告は、公法関係における行為であるが、私人の行為であり、行政庁の処分ではないところ、行政事件訴訟法三六条の無効確認の訴えの対象は、行政庁の処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無の確認でなければならないから、この点において修正申告の無効確認を求める訴えは不適法である。
第二原告の異議決定の無効確認請求について
一 原告が、昭和六三年一二月二六日付で、原告の昭和六〇年分の所得税の修正申告について被告宛の「詳細について一部口頭陳述をします」との記載のある異議申立書を提出したこと、被告が、平成元年三月二〇日付で、原告の異議申立てを却下する旨の異議決定をしたことは当事者間に争いがない。
成立に争いのない乙第七号証によれば、右異議申立ての却下決定は、修正申告が国税通則法七五条(国税に関する処分についての不服申立て)に規定する処分に該当せず、異議申立て自体が不適法であることを理由としている。
二 原告は、右異議決定に際し、原告に口頭陳述の機会が与えられなかつたのは違法である旨主張するのでこの点について検討する。
国税通則法八四条一項は「異議審理庁は、異議申立人から申立てがあつたときは、異議申立人に口頭で意見を述べる機会を与えなければならない。」旨規定するが、これは当事者の不服とするところを口頭で陳述させ、これに対し異議審理庁が適切な釈明を行うことにより、不服内容が明確となり公正かつ適正な審理に資するので、申立人の権利救済に役立つことによる。
したがつて、口頭による意見陳述の機会を規定した右条項は、あくまで当事者の不服の内容に立ち入つた審理すなわち実質審理の場合を予定した規定であり、異議申立ての適法要件具備の審理すなわち要件審理の場合には適用がないものと解するのが相当である。
これを本件についてみるに、原告の異議申立の対象は原告の修正申告であるところ、前記のとおり修正申告は、私人の行為にすぎず、国税通則法七五条一項に規定するいずれの処分にも該当せず、申立て自体不適法といわざるを得ない。
したがつて、本件のように不適法なものとして却下すべき場合に、口頭意見陳述の機会を付与しなくても何ら違法はないから、本件において、仮に原告主張のとおり、口頭意見陳述の機会を与えられなかつたとしても、そのことで本件異議決定が違法となるものではない。
第三結論
よつて、原告の本件請求のうち修正申告の無効確認を求める訴えは不適法であるから、これを却下し、異議決定の無効確認を求める請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田畑豊 裁判官 小林元二 裁判官 田中健治)